六本木のバーのお会計で、リカは彼氏のヒロキに小銭があるか聞かれた。
後ろにはお会計を待っている人がいるし、一刻も早く武田を追いかけたい。
財布を出して小銭を探すのが面倒に感じられたリカは、
「あ…いま小銭ないんだ。」
そう言って自分のiPhoneをサッと出し、iDで支払いを済ませた。
「ヒロキ、ごめん。用事を思い出しちゃったの。もう帰るね。」
唖然とした表情をしたヒロキには悪いと思いつつも、会ったばかりの武田がなぜだか気になる。
リカは急いで店を出て武田を探し回ったが、結局見つけることはできなかった。
翌朝、リカは自宅近くの大きな公園でランニングしていた。
3㎞ほど走ったあと、休憩するために公園内の自販機へ向かった。
スマートウォッチでスポーツドリンクを買い、ベンチに座ろうとした矢先のことだった。
「あれ、昨日の?」と突然誰かに声を掛けられた。
振り返ると、パーカーにジャージ姿というラフな服装の武田がそこにいた。
この公園の近くに住んでいて、よく散歩に来るという。生活圏が同じというだけで、お互いに親近感が増して話が弾んだ。
すると、武田が今夜の予定をたずねてきた。
「ちょっとしたパーティがあるんだけど、どう?一緒に行く人がいなくてさ。」
突然の誘いに戸惑ったが、好奇心を抑えられなかったリカは一緒に行くと返事をした。
ランニングを終えると、リカはもともと予定していた美容院へ向かった。ふと自分の指先が目に入り、ネイルケアも追加で頼むことにした。
セットされた髪と整えられた爪を満足気に見つめると、iPhoneをバッグからそっと取り出しお会計をした。
ネイルケア後はできるだけお金を触りたくないリカは、こういうとき特に電子マネーの良さを感じる。
二人は約束した場所で落ち合い、パーティ会場へ向かった。
会場の入り口には、大きな出版社の受賞パーティの看板が飾ってあった。
―これがちょっとしたパーティ!?
会場にはテレビや雑誌で見かける有名人が何人もいて、リカは困惑しつつも高揚していた。
司会者が壇上に登場すると、新人賞の発表を始めた。この瞬間、リカは驚きを隠せなかった。
なんと、武田の名前が呼ばれたのだった。
武田は緊張した面持ちで壇上に上り、スピーチを始めた。話し終えると、はにかみながらリカのもとへ戻ってきた。
リカは自分が場違いな気がして、急に恥ずかしくなった。
それと同時に、武田にからかわれているのかもしれない、と冷静に思い直した。
「受賞おめでとう。こんな場に私がいてもいいのかな。」
「ありがとう。ひとりだと緊張しちゃうからさ。この後はつまらないスピーチが続くんだ。退屈だから、抜け出さない?」
武田は返事を待たずに、リカの手をつかんだ。リカはドキドキしながらも、武田と一緒に会場を走って抜け出そうとした。
しかし、つまずいてよろけてしまい、履いていたパンプスのヒールが取れてしまった。
自分のタイミングの悪さにリカは嫌気がさし、もう一人になりたいと思った。
しかし武田のことも気になる…