ヒロキと別れた直後、リカは道端で武田に遭遇する。
涙を流すリカを見た武田は、どこかへ出掛けようと誘ってくれた。
「ありがとう。でも今はそんな気分じゃないかな…。」
「そっか、じゃあ家まで送るよ。」
武田はそう言うと、リカの自宅へと車を走らせた。
リカは今日あったことを話すべきなのか迷っていた。
考えを巡らせているうちに、あっという間に自宅前に着いてしまった。
車から降りるのをためらうリカの気持ちを察してなのか、武田から提案があった。
「ちょっとドライブでもしようか。」
夜の高速道路を走りながら、二人は他愛のない会話を楽しんだ。
そしてリカは窓の外を眺めながら、ぽつりと涙の理由を話し始めた。
「今日は突然泣いちゃってごめんね。」
武田は静かに相槌を打ちながら、リカの話に耳を傾けた。
「今日はありがとう。武田さんのお陰ですごく楽しかった。」
「どういたしまして。少しでもお役に立てて良かったよ。帰りにガソリンスタンドに寄ってもいい?」
会計のとき、リカが慌てて
「誘ってもらったんだから、ここはわたしが…。」
と言い終わらないうちに、武田はすでにiDで素早く会計を済ませてしまっていた。
その後も、二人は何度かデートを重ねた。会話も弾み、いつもさりげなく気遣ってくれる武田との時間を、リカは心地よく感じていた。
しかし季節の移り変わりとともに、武田からの連絡も徐々に少なくなっていった。
リカは普段よりもスマホを見る回数が増え、自分が武田からの連絡を待っていることに気付いた。
―最近ヒロキのことを思い出しても苦しくなくなったのは、武田さんがいたからなんだ…。
リカが自分の気持ちに気付いてからも、武田からの連絡が来ることはなかった。
数ヵ月後、リカの元に突然武田からの連絡が届く。
待ち合わせ場所は近所のカフェ。
いてもたってもいられず、武田との唯一の繋がりであるスマホを握りしめて出かけた。
先に到着したリカはiDで支払いを済ませ、カフェラテを受け取って席に着いた。
気持ちを落ち着かせようと、持ってきていた文庫本を読みながら待つことにした。
暫くして店に入って来た武田の姿を見つけたリカは、できるだけ平静を装って手を振った。
「久しぶり。元気だった?」
前と変わらない武田の態度に、リカは少し安心した。
「うん、元気だったよ。久しぶりだね。」
武田を責めるような言い方にならないよう、慎重に返す。
「なかなか連絡できなくてごめん。実は、このところ執筆で忙しくて。でもやっと、完成したから。」
武田はリカに一冊の小説を手渡した。
「最初に読んで欲しかったんだ。」
予想していなかった展開に、リカは言葉を失った。
「…ありがとう。えっと、でも、わたしが最初でいいの?」
やっと出たリカの言葉に、武田は初めて会ったときのように照れて笑う。
「実は恋愛小説って苦手だったんだけど。リカちゃんと会ってるうちに、今なら書けると思ったんだ。」
新しいページが開かれる音が、リカには確かに聞こえた。