朝日が昇りかけている川沿いのランニングコースを、高身長の男が颯爽と走っている。
賀来ケンタはどんな時でも毎朝の日課であるランニングを欠かさない。
いったん家に戻ってシャワーを浴びると、新調したスーツに身を包んだ。
今日は転職先の会社の初出勤日だ。
ケンタは都会の一等地に建つ超高層ビルの中でも、ひときわ背の高いビルの中に入っている外資系企業に転職した。
容姿端麗、語学堪能、仕事も人一倍努力し多くのライバルを蹴落としてきたケンタは、自他ともに認める一流エリートサラリーマン。
気が置けない友人に囲まれ、お互いに尊敬しあえる恋人もいる。仕事もプライベートも充実し順風満帆な生活が続いていた。
しかし、ある日ふと、
―もっと高みを目指したい、もっと自分を試したい
と思った。チャレンジ精神に火が付いたケンタは、着実に昇進しエリートコースを進んでいたにも関わらず、5年間勤めた会社を辞めた。
そして迎えた今日。
何でも卒なくスマートにこなすケンタといえど、少し緊張しているのかもしれない。通勤途中で朝食を食べそびれたことに気づいたのだった。
オフィスのビルに入っているコーヒースタンドでモーニングを頼み、スマホに登録したiDで支払った。忙しい朝の時間だが、iDで支払うことで時間が短縮でき、気持ちが落ち着いた気がした。ケンタはコーヒーを一口飲んでから、深呼吸した。
―オレは、どれだけ困難な状況も乗り越え、ピンチをチャンスに変えてきた。人当たりが良くどんな相談にも真剣に向きあう姿勢が評価され、社内の信頼を勝ち取ってきた。この会社でも他のメンバーをすぐに追い抜いてみせる。そして自分の実力に多くの人が驚き、頼りにされる人物になる。
ケンタは実現できる自信でみなぎっていた。
入社手続きやオフィス案内、チームメンバーへの挨拶を済ませ、ケンタはさっそく仕事に取り掛かった。ランチの時間に近づいたとき、背後から声を掛けられた。
「君が今日から入社する賀来くん?よろしくね。」
振り返ると、ケンタよりも少し歳上に見える健康的な肌の色の男が笑顔で立っていた。
「オレはこのチームのリーダー、中村。さっき君がみんなに挨拶してるとき、ちょうど席を外しちゃっててさ。ものすごく優秀なやつが来るって噂だったから大丈夫だと思うけど、わからないことがあったら何でも聞いてよ。そうだ、もうすぐお昼だしランチでも行こうか」
昼休憩は中村のお気に入りの洋食屋に案内された。料理を待っている間は仕事について、社内の人間関係についてなど有益な情報が得られ、あっという間に昼休憩の終了時間が近づいてきた。食後のコーヒーを飲み終わったところで、中村が言った。
「さ、そろそろ会社に戻ろうか…って、まいったな。」
「どうかしたんですか?」
「ごめん、財布をオフィスに忘れてきちゃってさ…ランチ代、貸してくんない?」
「え、僕もスマホしか持ってきてないので財布ないですよ。iDで払うつもりだったんで。」
中村は申し訳なさそうな感じもなく、飄々としている。
「さすがデキる男は違うわ。じゃあ、iDで二人分払っといて。オフィス戻ったらちゃんと返すからさ。」
ケンタは中村の第一印象の良さとこの態度にギャップを感じながらも、iDで二人分の昼食代を支払った。現金だとお金の管理はしづらいが、iDだといつ、どこでいくら使ったのか履歴を残し、後から確認できるところがケンタは気に入っている。
午後は中村に質問することもなく、集中して仕事に取り組んだ。持ち前の要領の良さと賢さを発揮し、ケンタは着々と仕事をこなしていく。夕方になり、転職祝いを兼ねた彼女との食事に向かおうと上着に腕を通したとき、中村が立ち上がり、ケンタの方へ歩いてきた。
「一日お疲れ。転職初日はどうだった?」
「はい、みんないい人で仕事もしやすいです。」
「それはよかった。それで、初日から申し訳ないんだけど、明日までに必要な資料があるんだけど手伝ってくれないかな?社運を掛けたプロジェクトの大事な資料なんだけど、オレ一人だと行き詰まってしまうから有能なメンバーの知見を借りたくて。用事があるならそっちを優先してくれて構わないけど…。」
―そんなの、彼女との約束が優先だ。それに最近なかなか彼女とゆっくりした時間を過ごせていなかったのも気がかりだし…。
断るのは簡単なことだが、ケンタは迷っていた。
彼女との大切な約束を守るべきだ。しかし、この職場で早く認められるなら、今がチャンスだ。自分がどこまでいけるのか、どこまで高みを目指せるのか挑戦するためには仕事を断りたくない。
彼女なら、ケンタのこの気持を理解し応援してくれるだろうか。
冷静になろうとケンタは、自販機で水を買おうとした。
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