サラリーマンで混み合う地下鉄電車に揺られながら、佐々木アキは深いため息をついた。
学生時代からの憧れだった化粧品メーカーで新卒入社として働き始め、3カ月ほどが経つ。
ずっと入りたかった会社、しかも希望通りの部署への配属だ。
入社当初のアキはやる気に満ち溢れていた。
―ここで働けるなんて夢みたい。早く一人前になれるようにがんばらなくちゃ。
だが、この熱意はもはやどこかへ行ってしまった。
優秀な同期が多く、入社早々に大型プロジェクトのメンバーに抜擢されるものもいれば、
営業成績が評価されて社内で表彰されるものもいた。
アキはそんな同期たちの様子を見て出鼻をくじかれ、自分の実力を思い知らされたのだった。
この日、アキは取引先へ向かっていた。
アキは丁寧な性格がゆえに、何にでも時間をかけてしまう癖がある。
今日もアポの時間ギリギリまでプレゼンの資料作りをしていて、急いでオフィスを飛び出したのだった。
―なんとか時間に間に合いそう。
駅で同じ部署の先輩を見つけて駆け寄るやいなや、先輩に耳打ちされた。
「あなた、ストッキング伝線してるわよ。」
「え!あ、本当だ…どうしよう。」
アキは慌てて駅のそばのドラッグストアに入り、新しいストッキングを買うことにした。
資料の入った大きな鞄から財布を探していると、後ろから先輩が来た。
「そんなんじゃ間に合わないわよ。ここは私が払うから。すみません、iDで。」
そう言ってiDを登録したスマホをレジにかざし、すばやくお会計を済ませた。

「ありがとうございます!」
―iDかぁ、こういう時にスマホ1つで買えるし時間がかからなくて便利ね。
アキは急いでストッキングを履き替えると、先輩と一緒に取引先のオフィスへ向かった。
しかし、この日のプレゼンではせっかく作った資料は使われず、発言させてもらうこともかなわなかった。
そして先輩はプレゼンが終わると、露骨に苦い顔をしてアキに言った。
「いつまでも学生気分でいられても困るわ。」
帰り道、アキは失意のどん底に落ちていた。
入社前に思い描いていたような活躍ができず、心の中はもどかしい気持ちでいっぱいだった。
―同期はみんな活躍しているのに。今日のミスは取り返しがつかない…。
アキの目に涙がにじんできた。
気持ちを切り替えるため、オフィス近くのコンビニでお昼ご飯を買っていくことにした。
店内に入ると、同じ部署の大沢先輩の姿を見つけた。
大沢先輩はアキと同じ部署の先輩で、周囲から一目置かれている評判のやり手ディレクターだ。
会社のヒット商品を手掛けた人物として社外でも有名で、アキはひそかに憧れていた。
今の会社に入社を決めたのも、大沢先輩のようになりたかったからだった。
―話しかけたいけど、今の私なんかじゃ相手にもされないわね。
先輩に気づかれないように、急いで会計を済ませようとした。
―あ、1万円札しかなかった。お財布がかさばるからなるべく崩したくないのに…。
アキは内心舌打ちをすると、1万円札を出してお会計を済ませた。
すると、横のレジでは憧れの大沢先輩が
「iDでお願いします。」
とスマートに言って、コーヒーを買っていた。
先輩は鞄も財布も持たず、スマホひとつという身軽さ。
背筋はすらっと伸びていて、まるで雑誌から出てきたようないでたちだ。
颯爽とiDでお会計を済ませると、アキの方を見てこう言った。

「お疲れさま。明日、一緒にランチでもどう?」
「え!あ、明日ですか…?」
アキは戸惑いつつも誘いを受けた。
翌日、ちょうどお昼前に社内のミーティングが終わったため、
デスクへ荷物を取りに戻ってから先輩が行きつけだというオフィス近くのイタリアンへ向かった。
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