プレゼンで失敗した夜、アキは何がいけなかったのかを考えていた。
―質問に答えられなかったのは、本質的なことがわかっていなかったからだ。もっとアイデアを落とし込んで、説得力をもたせないと…。
アキは同じ失敗を二度と繰り返さないためにも、初心に返り先輩たちのプレゼンに参加させてもらったり市場調査のデータを見返してみたりと、また一からやり直すことにした。
翌日の通勤中、アキはスマホを見ながらコスメの情報収集をしていた。
商品の口コミやメイクのトレンド、新商品を知ることは何よりも大切なことだ。
入社して以来、毎朝の日課となっている。
アキはふと、今月はいつもより出費が多かったことを思い出し、iDで払った金額をスマホで確認してみる。ここ数ヶ月、参考やサンプルとしてコスメを買うことが増えていることに気づく。
―たくさん買っているけど、これも自分のためになっているのかな…。
昨日の失敗を思い出し、こみ上げる悔しさをぐっと飲み込んだ。
昼休み、アキは大沢先輩と会社の近くのカフェでランチをしていた。アキが落ち込んでいるのを心配して誘ってくれたのだ。
「たまには食後のケーキなんてどう?今日は私がおごっちゃう。」
冗談めかしながらも、先輩なりの優しさが伝わってくる。
「じゃあ、お言葉に甘えて…。すみません。」
「昨日はきついことを言ってしまってごめんなさい。アキちゃんへの期待が大きすぎて、余計に辛く当たってしまったの。」
「いえ、私の実力不足ですから。」
「ううん、アキちゃんは確実に成長しているわ。今回のプレゼンも、アキちゃんのアイデアが良かったから選ばれたんだもの。」
自分を励まそうとしてくれる先輩に、アキは申し訳なくなりうつむく。
「私も数えきれないくらい怒られたし失敗してきた。でも私は頑固だから、自分は悪くない、理解してくれない相手が悪いって思ってたの。それに負けず嫌いでもあったから、絶対見返してやると思ってここまで頑張ってこれたのよ。」
「先輩にもそんなときがあったんですね。」
「もちろん。だからアキちゃんの素直さは私にはない強みだし、次々と斬新なアイデアを出せるのも才能だと思っているの。」
―才能だなんて、そんな…。
アキが驚いて顔をあげたその時、デザートのケーキが運ばれてきた。
フルーツがふんだんに使われていて美しいケーキに、アキは久しぶりに心がときめくのを感じた。
―そうだ、私は自分で商品を手掛けたくてこの会社に入ったんだ…。
「…先輩、私、こんな素敵なアイシャドウパレットを作れるように、また頑張ってみようと思います。」
「うん!アキちゃんはそうでなきゃ!」
先輩はパッと笑顔になり、今まで見てきたなかで一番嬉しそうな顔をした。
その後も忙しい日が続いたが、アキは先輩に言われた自分の「才能」を伸ばそうと、以前にも増して意欲的に仕事をしていた。
そんなある日、珍しく大沢先輩に呼び出されたアキ。
「突然呼び出してごめんね。次の新商品の開発プロジェクトなんだけど、アキちゃんは私と同じチームになりました。」
「え…だって次の商品は会社の目玉商品にしたいっていう話じゃ…。」
「だから、みんなアキちゃんのアイデアとセンスに期待しているのよ。それに、あの日話していたアイシャドウパレットをつくるチャンスじゃない?」
先輩はにっこりとアキに問いかける。
「…はい、絶対に成功させてみせます。」
やっとのことで返事をした声は、かすかに震えていた。
―私はまだまだ変われる。自分らしく、一歩ずつ進んでいこう。
今回で「私とiDのキャッシュレスな日常」は
全話完結です。
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これから皆さんもキャッシュレス生活を送ってくださいね。